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Behind the Curtain

『Behind the Curtain』

カーテンの裏側を描く心象小説

 

夏の夕刻、家路につこうと汽車に乗る。汽車は夕暮れ時の家々の軒先の横をゆっくり通り過ぎる。青みが帯びた家々。白やオレンジ色の街灯。農家の庭で女の子がお父さんとボール遊びをしている。子犬が二人の間をぬって走る。少女の笑い声。父親の掛け声。とつぜん頭の中を光がめぐる。あの軒下一つ一つに宇宙ほどの世界があることを知る。

 

第1話 「イグカフェにて」

第2話「ココがどこかでなく、キミがだれか」

第3話「英次」


(「ココがどこかでなく、キミがだれか」より)試し読み

 

 鮮烈な光のあとに地響きがした。近い。乗客は一斉に閃光の方に顔を向ける。僕も吊り革を握った手を持ちかえて振り返った。宇多野から乗ったバスだから、方角を考えると京都駅あたりだろうか? しばらくすると雲一つなかった青空にむくむくとキノコ雲が湧き上がった。そして雲は今まで見たことのない高さにまで成長した。ざわつく車内をよそに、そのとき僕は別れた妻のことを思い出した。終末とはこういうことか。いくらでも他に楽しかった思い出があっただろうに、よりによって。

 

 

(「英次」より)試し読み

 仕事から戻ると、玄関の扉の内側に一通の葉書が落ちていた。それは加地英次くん宛てに出した僕の葉書への返信だった。ペン習字のお手本のようなのびやかな字で宛名が書かれているその葉書の差出人は、英次くん本人ではなく、彼のお母さんだった。

 

暑い日々が続いていますが、お健やかにお過ごしのご様子、何よりと存じます。英次へのお便りありがとうございました。生きていたなら彼もどんなに喜んで同窓会に参加したことでしょう。友人を大切にする子でしたから。還暦なんですね。おめでとうございます。残念です。彼は二八歳の十二月に他界いたしました。何人かの方から、逢うのを楽しみにしているとお便りをいただき、胸が熱くなりました。三十二年前の悲しみが消えることはありませんが、寿命と運命は神の采配と私自身言い聞かせて、独り暮らしを続けております。

 

 どうか、友人を大切に常思っていた英次を思い出してやってください。そして命を大切になさってください。

 

 皆様のご健勝を祈念しております。よろしくお伝えくださいませ。